ある日、一人の人間が、お殿様のところへやってきた。
「お殿様、聞いてください、、、」
その人間は、あるおなごの事を、(みっとうもない、みっとうもない)と
付け加えながら、お殿様に話し出した。
黙って聞いていたお殿様は、口をはじめてひらいた。
「お主のいう、そのおなごとやらに、お主は会った事があるのかね?」
「いいえ、お殿様、なんの関わりもございません、会ったこともありません。
それにあいとうもございません。」
お殿様は間を置いてさらにつづけた。
「それでは、どうしてお主は会ったこともないそのおなごについて、みっとうもない、みっとうもないと執着しておるのかね?」
「はい、それは、そのおなごのsnsでの振る舞いがみっとうもないからです。」
お殿様は、黙ったまま、その人間に特別美容液配合のフェイスシートを数カ月分手渡した。
「お主がそのおなごをみっとうもないと思うたびに、このフェイスシートを自分の顔に貼るとよいぞ。
みっとうもないとゆうておるときの、お主の顔はみっとうもなくて見ておられぬ。
このフェイスシートは、自分や自分の大切な人達に目を向ける、成分が入っておる。
まずは、そのおなごに対するみっとうもないと思う心を手放すとよいぞ。
みっとうもないと不快になるなら、みなければよい。
自分の時間を大切にしたら良いのじゃ。
次にお主がわしの所にくるときは、そのみっとうもないおなごの存在が気にならなくなっておるはずじゃ。生まれ変わったお主の顔を見るのが楽しみじゃのう、
まず、お主が真っ先にすてるものは、見ず知らずのものをあーだこーだと言いながら推量する心じゃ。」
お殿様は、まだぶつぶつと(みっとうもない、みっとうもない)とつぶやきながら帰っていく、その人間の後ろ姿をみながら、
一休宗純との、屏風の虎の事を思い出した。
お殿様は、夜に屏風に描かれた虎の絵が屏風を抜け出して悪さをするから、その描かれた虎をしばりあげてほしいと一休にたのんだことがあったのだ。
お殿様は深い笑みを浮かべた。
『今のこの時代には、この自分集中フェイスシートは、支給物の1つにする必要があるかもしれんのう。』
お殿様は、フェイスシートをはずしたあとの、自分を慈しみながら、そうつぶやいた。

城に植えられたもみじが、ほんのり色彩を変えながら、月明かりに照らされていた。
(使用参考文補足)屏風の虎
とんちが評判の小僧、一休宗純。一休のとんちがどのようなものか確かめたかったお殿様は、一休をお城に呼びつけました。屏風に描かれた虎が、夜な夜な抜け出しては悪さをするため、困っているからしばりあげてほしい、と頼んだのです。
一休はお殿様に言いました。
「それでは縄を持ってきてください。
私が虎を縛り上げますから、お殿様は虎を屏風からだしてください。」
勿論、虎は描かれた絵ですから、夜な夜な抜け出し悪さをするというのは嘘です。
お殿様は言いました。
「絵に描かれた虎を出せるわけがないじゃろう。」
一休は言いました。
『それでは、虎はこの屏風から出てこないと言う事ですね。』
……..

(一休と屏風の虎のお話は、、茶の湯の、床の間に飾るお軸絵「一休と屏風の虎」にまつわるもので、アニメ一休さんにも登場しました。子供達や茶を好むもの、嗜む者達に語り継がれるお話のひとつです。)
↓礼儀作法の本質の間についての事を書いたsouka.のブログ記事です。


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